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旧日本海軍の官衙及び地方組織


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 海軍組織の主な官衙と地方組織の簡単な説明です。

 官衙 地方組織

官衙


 ・海軍省
 日本の第二次世界大戦以前の行政官庁各省の中の一つです。
 海軍省は内閣の省であり、長は海軍大臣で、天皇によって任命されました。
 海軍大臣の職務は海軍軍人の監督など海軍軍政の管理であって、軍令権は持っていません。
 また、大臣は現役の海軍大将又は中将が任命されました。なお、軍縮会議などで海軍大臣が長期間日本国内にいない場合は内閣総理大臣による兼任や、臨時の海軍大臣を設けていました。
 1945年(昭和20年)11月30日の勅令第680号を以て廃止され、第二復員省となりました。
 この第二復員省も1946年(昭和21年)6月に廃止され、海軍省の財産は大蔵省(現:財務省)に一括整理され、海軍省の資料の一部は、防衛省・厚生労働省に引き継がれています。

 ・艦政本部
 海軍大臣に隷属して、造艦に関係する事務を司った大日本帝国海軍の官庁の中の1つで、海軍省の外局の一つでもあります。長は本部長で、原則海軍中将が就任しました。通称は「艦本」です。
 1923年(大正12年)以降は研究機関として海軍技術研究所を併設しました。また欧米の海軍技術研究や国内造船造兵企業の指導監督のために造船造兵監督長・造船造兵監督官を派遣していました。
 1945年(昭和20年)11月の海軍省廃止と共に解体されました。

 ・航空本部
 海軍大臣に隷属して、 航空機や航空兵器の研究・計画・審査を管掌し、航空要員の教育も担当した大日本帝国海軍の官庁の1つで、海軍省の外局の一つでもあります。長は本部長で、原則海軍中将が就任しました。通称は「航本」です。
 日本海軍は従来航空分野に関する中央総括部署を持たずに、海軍省内部部局や艦政本部が別々に分割担当する態勢を取っていました。しかし、刻々と進歩する航空分野に十分対応するためには統一的に管轄する担当部署が必要であるとの認識から航空関連部署を新設することになりました。
 これが海軍航空本部であり、海軍航空本部令(1927年(昭和2年)4月4日勅令第61号)により艦政本部から分離独立する形で設立されました。
 以後、航空行政を総括する立場から航空戦力増強を推進し、それにともない組織も順次強化されていきました。終戦後の1945年(昭和20年)11月30日、海軍省廃止に伴い海軍航空本部も解体されました。

 ・軍令部
 日本海軍の中央統括機関(海軍省と共同)です。海軍省が内閣に従属し軍政・人事を担当するのに対し、軍令部は最高司令官である天皇に直属し、その統帥を輔翼(ほよく)する立場から、海軍全体の作戦・指揮を統括しました。
 長は軍令部長(後に軍令部総長)であり、天皇によって海軍大将又は海軍中将が任命されました。また、次長は総長を補佐していました。この二官は御前会議の構成員でもありました。
 軍令部は主として作戦立案、用兵の運用を行っていました。戦時には連合艦隊司令長官が海軍の指揮・展開を行いますが、作戦目標は軍令部が立案していました。
 1945年(昭和20年)10月15日 軍令海第8号によって廃止されました。



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地方組織


 ・鎮守府
 かつて日本海軍の根拠地として艦隊の後方を統轄した機関です。その前身は1871年(明治4年)に兵部省内に設置された海軍提督府です。
 各鎮守府は、所轄海軍区の防備、所属艦艇の統率・補給・出動準備、兵員の徴募・訓練、施政の運営・監督にあたりました。鎮守府司令長官(大・中将)は軍政に関しては海軍大臣の、作戦計画に関しては海軍軍令部長(軍令部総長)の指示を受けました。

 ・警備府
 日本海軍の機関で、所轄警備区の警備や海軍の根拠地として艦隊の後方を統轄しました。要港部を改編したもので、鎮守府に準じた役割を担っていました。
 鎮守府と同様に、経理部・医務部・法務部・人事部・軍需部・港務部・運輸部などの部署を保有していましたが、独自の戦力は海兵団のみで、固有の艦艇を持っていませんでした。
 このため、整備組織である海軍工廠ではなく工作部を併設し、実働部隊である警備戦隊・防備戦隊も保有していません。
 「大警部隊」「阪警部隊」などと通称される実働部隊は、軍令部の指示によって各鎮守府から捻出された艦艇・人員で構成され、警備府司令長官が指揮していました。
 終戦時に存在した警備府は、大湊、鎮海、大阪、高雄、海南の5つです。
 同年11月30日には高雄を除く警備府が廃止され、高雄警備府は1946年4月30日に廃止となりました。

 ・要港部
 日本海軍の機関で、海軍の根拠地として艦隊の後方を統轄した機関でした。
 昭和16年(1941年)11月20日、大湊・馬公・鎮海・旅順の各要港部が、より権限の強い警備府に昇格しました。
 1943年4月1日、馬公警備府は高雄警備府に改編されました。


 ※Wikipediaより・一部管理者が追記・修正


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