大神回天基地

海大型潜水艦・伊156潜水艦・伊158潜水艦


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伊56号潜水艦(後の伊156号潜水艦・1928年)

伊56号潜水艦(後の伊156号潜水艦・1928年)
(Wikipediaより)


 @ワシントン軍縮条約と海大型の誕生
 A伊153型潜水艦(海大3型a)
 B伊158潜水艦・艦歴
 C伊156型(海大3型b)
 D伊156潜水艦・艦歴
 関連動画

 このページは大神基地の回天輸送に深くかかわった潜水艦について解説しています。

@ワシントン軍縮条約と海大型の誕生


 大正11年日、ワシントン条約が締結すると、主力艦に関して日本はアメリカの60%の兵力しか持つことができなくなりました。
 そこで海軍は戦艦の兵力を補うために潜水艦を水上艦艇と一緒に行動できないものかと考えたのです。
 当時の海中型は沿岸防御用として考えられていたので、性能としては不足でした。
 遠距離での作戦行動のため1300トン以上の大きさが必要となり、水上艦艇と行動するためにもより強力な機関が要求されました。また外洋を航行するために船体の構造を船体前部を高くし、凌波性を向上させる必要がありました。

 こうして海大型は誕生しましたが、全部で9つの型が設計されました。()の数字は同型艦隻数。
 海大1型(1)・海大2型(1)・海大3型a(4)・海大3型b(5)・海大4型(3)・海大5型(3)・
 海大6型(2)・海大6型a(6)・海大6型b(2)
 このうち海大6型は二等潜水艦。海大4型はドイツ・MAN社が設計したラウシェンバッハ式ディーゼル機関、海大6型からは艦本式ディーゼル機関を搭載しています。
海大3型潜水艦
海大3型潜水艦
『終戦時の日本海軍艦艇』(第2復員局 昭和22年4月)より


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A伊153型潜水艦(海大3型a)


伊53時代の伊153潜水艦

伊53時代の伊153潜水艦
(MONOCHROME SPECTER様より)

 海大3型aは計画番号はS26で建造された4隻です。

 本型は前型の海大2型を改良した量産型で、船体寸法はほぼ同一、主機もズルツァー式3号ディーゼル機関を搭載しました。
 しかし、内殻の板厚を増して潜航深度を60mまで増大させました。
 その他構造上の細かい改正が施されたため基準排水量が300トン弱増加。速力、航続力はともに若干低下しました。

 形状の相違としては、司令塔の内容積増大のため、司令塔基部が広げられ台形状となったことと、艦首には防潜網切断器が搭載されました。
 また遭難時の救難のために引き上げ用眼環が初めて装備されました。

 開戦当初には二流艦になっていましたが、伊153,154,155にて第18潜水隊を編成し、マレー、ジャワ方面へ進出。伊158も第19潜水隊に所属し、マレー方面にそれぞれ進出し、4隻で合計7隻の商船を撃沈しました。
 4隻とも1942年(昭和17年)3月には呉港に帰港すると、その後は同年6月に伊158がミッドウェー海戦に参加、伊155がアリューシャン作戦でキスカ島への輸送任務に参加したほかは、大戦の大半を練習潜水艦として過ごしました。
 同型艦1942年(昭和17年)5月20日には艦番に100を加え改称しています。

 伊158は回天輸送の改修工事を受けました。
 伊153は終戦直前の空襲により中破を受け、それ以外の艦は無傷で終戦を迎えています。

【性能諸元】
排水量 基準:1,635t
 常備:1,800t
 水中:2,300t
全長 100.58m
全幅 7.98m
吃水 4.83m
機関 Sulzer(ズルツァー)式3号ディーゼル2基2軸
 水上:6,800馬力
 水中:1,800馬力
速力 水上:20.0kt
 水中:8.0kt
航続距離 水上:10kt…10,000海里
 水中:3kt…90海里
燃料 重油:241.8t
乗員 63名
兵装 40口径十一年式12cm単装砲1門
 留式7.7mm機銃1挺
 53cm魚雷発射管 艦首6門、艦尾2門
 六年式魚雷16本
 Kチューブ(水中聴音機)
備考 安全潜航深度:60m

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B伊158潜水艦・艦歴


伊58時代の伊158潜水艦
伊58時代の伊158潜水艦
(Wikipediaより)

 伊153型潜水艦(海大3型a)の4番艦。竣工時の艦名は伊号第58潜水艦(初代)です。

 1924年(大正13年)
  12月3日 - 横須賀海軍工廠で起工。

 1925年(大正14年)
  10月3日 - 進水

 1928年(昭和3年)
  3月15日 - 竣工。第19潜水隊に編入。

 1932年(昭和7年)
  6月1日 - 同年12月まで予備艦となる。

 1933年(昭和8年)
  11月1日 - 1936年12月まで予備艦となる。

 1936年(昭和11年)
  7月23日 - 寺島水道に仮泊中、強烈な台風により座礁。31日に離礁して
       呉工廠で修理を実施し、その間、同年12月まで予備艦となる。
 1941年(昭和16年)
  12月1日 - 第4潜水戦隊第19潜水隊に属し、三亜を出航。
       マレー作戦に参戦。
  12月10日 - 英国東洋艦隊の戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」、巡洋戦艦「レパルス」を
       発見。「レパルス」を雷撃するも命中せず。
  12月20日 - カムラン湾に到着。
  12月28日 - カムラン湾を出航し、ジャワ海方面で活動。

 1942年(昭和17年)
  1月3日 - オランダ船「ラングキアーズ」撃沈。
  1月9日 - オランダ船「キャムフィティズ」を撃沈。
  2月7日 - カムラン湾を出航し、ジャワ南方海面で活動。
  2月22日 - チラチャップ(英語版)沖でオランダ船「ピジナッカー・ホンヂック」を撃沈。
  2月25日 - スンダ海峡南口でオランダ船「ボエロ」を撃沈。
  2月28日 - 英国タンカー「ブリテッシュ・ヂャッジ」を撃破。
  3月8日 - セレベス島スターリング湾に到着。
  3月10日 - 第5潜水戦隊第19潜水隊に編入。
  3月20日 - 呉入港。
  5月20日 - 伊号第158潜水艦に改名。
  5月26日 - ミッドウェー海戦に参加。
  6月30日 - 呉に入港。
  7月10日 - 第5潜水戦隊が解隊し、第19潜水隊が呉鎮守府部隊に編入。以後、練習艦となる。

 1943年(昭和18年)
  3月16日 - 水上艦艇用補足電探験艦となる。

 1945年(昭和20年)

 ※詳細時期は調査中ですが、回天搭載(前後甲板に1基づつ)ために改修工事を受けています。

  4月20日 - 第6艦隊第34潜水隊に編入。
  6月5〜7日 - 油津基地に回航。回天輸送任務に従事。
  (伊158の他に伊162(海大4型)、伊165(海大5型)を動員しています。)

海大型潜水艦(伊165)回天搭載例
海大型潜水艦(伊165)回天搭載例
(Wikipedia(En)より)

  6月29日 - 大神基地に回航。回天(地上練習基1基)輸送任務に従事。
  8月15日 - 第15潜水隊に編入され終戦を迎える。
  11月30日 - 除籍

 1946年(昭和21年)
  4月1日 - 五島列島沖で米軍により爆破処分。

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C伊156型潜水艦(海大3型b)


伊56号潜水艦(後の伊156号潜水艦・1928年)

伊56号潜水艦(後の伊156号潜水艦・1928年)
(MONOCHROME SPECTER様より)

 伊156型は海大3型bと言われているもので、前型(海大3型a)と比べ艦首の形状を鋭角とし、このため全長が約40cmほど前型(海大3型a)と比べ長くなりましたが、それ以外の兵装や性能はほとんど前型と同じです。
 設計の際に単位がフィート・ポンド法からメートル法に切り替えられたからと言われています。またSulzer(ズルツァー)式のディーゼル機関を2基搭載しています。
 同型は計画番号S27で、海大3型aと同じく1923年(大正12年)度の大正12年度艦艇補充計画により建造され、昭和3年(1928年)から昭和5(1930年)にかけて5隻竣工しました。
 太平洋戦争に入ると同型は二流艦になっていたので、当初は戦果を挙げたものの、56から156に艦名を変更し、輸送任務等に従事するようになりました。

【性能諸元】
排水量 基準:1,635t
 常備:1,800t
 水中:2,300t
全長 101.00m
全幅 7.90m
吃水 4.90m
機関 Sulzer(ズルツァー)式3号ディーゼル2基2軸
 水上:6,800馬力
 水中:1,800馬力
速力 水上:20.0kt
 水中:8.0kt
航続距離 水上:10kt…10,000海里
 水中:3kt…60海里
燃料 重油:230t
乗員 63名
兵装 40口径十一年式12cm単装砲1門
 留式7.7mm機銃1挺
 53cm魚雷発射管 艦首6門、艦尾2門
 六年式魚雷16本
 Kチューブ(水中聴音機)
備考 安全潜航深度:60m

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D伊156潜水艦・艦歴



 伊156は伊156型潜水艦(海大3型b)の1番艦で、竣工時の艦名は伊号第56潜水艦(初代)です。

 1926年(大正15年)
  11月3日 - 呉海軍工廠で起工。

 1928年(昭和3年)
  3月23日 - 進水

 1929年(昭和4年)
  3月31日 - 竣工。第19潜水隊に編入。

 1936年(昭和11年)
  2月27日 - 大王崎灯台沖5海里にて伊53と接触事故。

 1941年(昭和16年)
  12月1日 - 第4潜水戦隊第19潜水隊に属し、三亜を出航。マレー作戦に参戦。
  12月11日 - コタバル沖でオランダ船「ヘイチング」を撃沈。
  12月20日 - カムラン湾に到着
  12月28日 - カムラン湾を出航し、ジャワ南方海面で活動。

 1942年(昭和17年)
  1月5日 - チラチャップ(英語版)沖でイギリス船「クワンタン」を撃沈。
  1月6日 - オランダ船「タニンバー」撃沈。
  1月8日 - オランダ船「バン・リース」、同「バン・リービーク」を撃沈。
  1月13日 - オランダ船「パトラス」撃破。
  2月4日 - スンダ海峡南口でオランダ船「トギアン」を撃沈。
  2月21日 - セレベス島スターリング湾に到着。
  3月10日 - 第5潜水戦隊第19潜水隊に編入。
  3月20日 - 呉入港。
  5月20日 - 伊号第一五六潜水艦に改名。
  5月26日 - ミッドウェー海戦に参加。
  6月30日 - 呉に入港。
  7月10日 - 第5潜水戦隊が解隊し、第19潜水隊が呉鎮守府部隊に編入。以後、練習艦となる。

 1943年(昭和18年)
  5月22日 - 北方に派遣となり呉を出航。26日、横須賀を出航。
  6月1日 - 幌筵島に到着。4日よりキスカ島に向けて補給物資輸送に従事。
  6月26日 - 呉に入港。
  12月1日 - 呉潜水戦隊第19潜水隊に編入。

 1945年(昭和20年)
  4月1日 - 第6艦隊第34潜水隊に編入。

 ※詳細時期は調査中ですが、回天搭載(前後甲板に1基づつ)ために改修工事を受けています。

  5月20日 - 光基地に入港
  5月22日 - 桐丸との回天発射連合訓練に従事
  5月23日 - 伊361と桐丸との回天発射連合訓練に従事
       回天搭載後、光基地を出港し大神基地に回航、回天輸送に従事。
  5月24日 - 光基地入港
  5月25日 - 伊363と桐丸との回天発射連合訓練
       回天搭載後、光基地出港し大神基地に回航、回天輸送に従事。
  5月26日 - 光基地入港
  5日27日 - 回天発射訓練
       回天搭載後、光基地出港し大神基地に回航、回天輸送に従事。
  5月29日 - 回天発射訓練
  5月30日 - 桐丸との回天発射訓練
       光基地出港
  6月21日 - 大神基地に回航し、回天輸送に従事。
  6月25日 - 大神基地に回航し、回天輸送に従事した後、大連に回航し、燃料輸送に従事。
  7月2日 - 呉に入港。
  8月15日 - 第15潜水隊に編入され終戦を迎える。
  11月30日 - 除籍

 1946年(昭和21年)
  4月1日 - 五島列島沖で米軍により爆破処分。

 関連動画:1946年4月1日・佐世保湾T(カラー)
      1946年4月1日・佐世保湾U
      1946年4月1日・佐世保湾V
      1946年4月1日・処分海域へ
      1946年4月1日・処分海域へ

     (CRITIKALPASTより。クリックするとページに飛びます。)


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