4.回天の戦績


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 ①回天作戦計画と菊水隊の出撃
 ②各隊の出撃と戦果
 ③泊地攻撃から航行艦襲撃へ

 回天洋上作戦や戦績について解説しています。

①回天作戦計画と菊水隊の出撃


  
 軍上層部は1944年の9月初め頃から、回天を使用した作戦計画を進めてきました。
 フィリピンの戦局が厳しくなってくると当初予定していた母艦となる潜水艦8隻から3隻(伊36・伊37・伊47)に減らし、実施することが決定しました。
 そして、11月5日に連合艦隊司令長官から回天による特別攻撃命令が発せられたのです。
 これにより第6艦隊司令部で「玄作戦」が立案され、攻撃隊(残された主力潜水艦のほぼ総戦力による特別編成隊)は「菊水隊」と命名されました。

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伊号潜水艦回天搭載概略図

出撃する伊47号潜水艦 伊47
出撃する伊47号潜水艦
(Wikipedia(En)より)
味方水上機にバンクで見送られる伊47
(回天特攻隊 KAITEN SPECIAL ATTACK FORCES様より)

 伊36潜と伊47潜の2艦はアメリカ軍機動部隊の前進根拠地であった西カロリン諸島のウルシー泊地を、伊37潜はパラオ諸島のコッソル水道に停泊中の敵艦隊を目指して出撃。
 回天の最初の作戦であるウルシー泊地攻撃「菊水隊作戦」が1944年11月20日決行されたのです。


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ウルシー環礁と周辺地図

 伊47潜から4基全て、伊36潜からは4基中の1基の計5基の回天が、環礁内に停泊中の200隻余りの艦艇めざして発進しました。
 このうち、ウルシー泊地攻撃隊は給油艦ミシシネワ(Mississinewa)を撃沈して初戦果をあげました。

給油艦ミシシネワ(Mississinewa)
給油艦ミシシネワ(Mississinewa)
(Wikipedia(En)より)

横転炎上する給油艦ミシシネワ
横転炎上する給油艦ミシシネワ
(Wikipedia(En)より)

 関連動画:黒煙をあげる炎上する給油艦ミシシネワ・カラー動画
(CRITIKALPASTより。クリックするとページに飛びます。)

 しかし、伊号第47潜水艦の帰着直後の報告により作成された「菊水隊戦闘詳報」によると、「3時28分から42分、伊47潜は回天4基発進。
 発進地点はマガヤン島の154度12海浬」とホドライ島の遥か南より発進させています。そのためプグリュー島の南側で2基の回天が珊瑚礁に座礁して自爆してしまったのです。

 
米軍に回収された回天
米軍に回収された回天
(Wikipedia(En)より)

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②各隊の出撃と戦果


 菊水隊の攻撃以後は、次第にアメリカ軍の停泊地の警備が厳重となった為、洋上攻撃へ作戦変更を余儀なくされました。

 ・金剛隊:伊56潜、伊47潜、伊36潜、伊53潜、伊58潜、伊48潜
   (1944年12月1日 - 1945年1月9日出撃)
 ・千早隊:伊368潜、伊370潜、伊44潜
   (1945年2月20日、21日、22日出撃)
 ・神武隊:伊58潜、伊36潜
   (1945年3月1日、2日出撃)
 ・多々良隊:伊47潜、伊56潜、伊58潜、伊44潜
   (1945年3月28日 - 4月3日出撃)
 ・天武隊:伊47潜、伊36潜
   (1945年4月20日、22日出撃)
 ・振武隊:伊367潜
   (1945年5月5日出撃)
 ・轟隊:伊361潜、伊363潜、伊36潜、伊165潜
   (1945年5月24日 - 6月15日出撃)
 ・多聞隊:伊53潜、伊58潜、伊47潜、伊367潜、伊366潜、伊363潜
   (1945年7月14日 - 8月8日出撃)
 ・神州隊:伊159潜、(伊36潜・出撃日不明)
   (1945年8月16日出撃)

 延32隻の潜水艦・計148基の回天が出撃し、母船である伊号潜水艦の多くの犠牲を払いながらも、作戦は継続されていったのです。

金剛隊・伊48潜 千早隊・伊44潜
金剛隊・伊48潜
千早隊・伊44潜

轟隊・伊165潜 多聞隊・伊367潜
轟隊・伊165潜
多聞隊・伊367潜
主な出撃潜水艦(Wikipedia(En)より)

 回天による攻撃による戦果(発進80基=搭乗員)
 以下の戦果は全国回天会が米軍の戦闘報告書などを元に照合したものです。
 日本海軍の潜水艦は対潜攻撃を避けるため回天発進後、潜航を余儀なくされました。
 戦果確認は潜望鏡による目視と言うよりかは「爆発音」で判断されることのほうが多かったようです。

 ・1944年11月20日:給油艦ミシシネワ撃沈(菊水隊)
 ・1945年 1月12日:輸送艦ポンタス・ロス小破(金剛隊)
 ・1945年 1月12日:歩兵揚陸艇LCI-600撃沈(金剛隊)
 ・1945年 1月12日:弾薬輸送艦マザマ大破(金剛隊)
 ・1945年 1月12日:戦車揚陸艦LST225小破(金剛隊)
 ・1945年 7月24日:駆逐艦アンダーヒル撃沈(多聞隊)

駆逐艦アンダーヒル
駆逐艦アンダーヒル
(Wikipedia(En)より)

 ・1945年 7月24日:駆逐艦R・V・ジョンソン小破(多聞隊)
 ・1945年 7月28日:駆逐艦ロウリー小破(多聞隊)


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③泊地攻撃から航行艦襲撃へ


 回天による攻撃方法は主として泊地に碇泊中の敵艦船攻撃でしたが、航行襲撃訓練も次第にその練度を向上したので、航行艦襲撃を重視する戦法を採用することで決定しました。
 当時先遣部隊は、航行艦襲撃に積極的であり、聯合艦隊は反対の立場をとっていましたが、航行艦襲撃可能の見通しがついたからだと言われています。
 両者の主張する理由は下記の通りでした。

(1)航行艦襲撃を積極的に行うべしとする理由
 碇泊艦の奇襲は敵側の対応策によって益々困難となる。
 泊地付近の警戒は厳重であり回天攻撃の強行は母潜の被害を徒らに増大する。
 泊地に於ける敵の防潜対策は回天の自爆を起す算が大となる。
(2)航行艦襲撃を困難とする理由
 波濤高き洋上に於いて眼高低い回天潜望鏡による襲撃運動は困難である。
 航行艦襲撃は経験少なき回天搭乗員にとって困難であり、多大の訓練を必要とする。

 航行艦襲撃は天武隊から試験的に実施され、そこで戦果を挙げたことでその後も継続したと言われています。

 多々良隊 伊44 伊47 伊56 伊58
 回天搭載数は6基に増大するも練度不足の為、沖縄泊地の攻撃 。

 天武隊 伊36 伊47 沖縄―マリアナ諸島の中間海域→洋上回天攻撃
  伊36 4/12出撃 輸送船団を攻撃。3隻を撃沈?詳細不明
  伊47 4/20出撃 沖大東島南南西160浬付近
          駆逐艦1・輸送船1・特空母(又は軽巡)1を回天にて撃沈?
 振武隊 伊366(出撃前日5月6日に光沖にて磁気機雷に接触。主機械損傷)
  伊367 サイパン―沖縄連結線
  伊367 回天2基を発進。爆発音2 攻撃地点等不明。 

 ●潜水部隊の使用方針及び兵力「本土上陸に対する反撃作戦準備」第二復員局より
 本土上陸作戦を前に潜水部隊の使用方針になります。潜水艦の詳細は不明ですが、どのように運用を考えていたかがわかるかと思います。

 ―以下、回天に関する部分引用―
 戦術的使用法に関しては各兵力の特徴に応じ異なるも其の根本は奇襲と同時多数兵力の集中使用を重視せり
 攻撃目標は一般に攻略船団を第一に選定することするも回天の如き攻撃威力大なるものは攻略支援艦隊の戦艦、巡洋艦等の大艦船を第一とせり
 攻撃時期は攻略船団の上陸点進入前又は進入直後を最良の計画とするも情況に依り必ずしも計画通実施せられざるものと認めあり

 ―中略―

 回天は攻撃支援艦船の上陸点又は要地の砲撃実施の機会等を把握し之を攻撃する外、船団の入泊せる機を利用し奇襲を行う


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